カラーの靴クリームのお話

「この靴の色(茶系)に使える靴クリームを下さい。」
「茶色のクリームですね・・・ちょっと微妙なお色ですね。・・・ぴったり
合った色のクリームは申し訳ありませんがこちらにはございません。」
ある靴屋さんでの光景です。実際にこのようなやり取りを目にすることは少なくありません。
この場合は多くのお客様がご購入せずにお帰りになるか、無色のクリームを
お薦めすることになります。
無色の靴クリームをお薦めすることは悪いことではありませんが、補色力が
ないので、皮革にキズが入っている場合にはそれほど意味がありません。
そこで今回はカラーの靴クリームの“役割”と“色”についてお話したいと
思います。以前のシューケア情報「無色のクリームのお話」で「無色のクリームは色が
合わない場合に使用します。」とご紹介しました。
ここで言う色が合わない場合とは、上記のように靴の色と微妙に合わない場合
ではなく、黄色や紫色など全くその色のクリームが存在しない特殊な場合を
言います。
ご存知だとは思いますが、乳化性靴クリームの場合は、皮革の色を完全に替えて
しまうほどの着色力はありません。

シューケア情報:カラーの靴クリームのお話例えばベージュ色の革靴にダークブラウンの靴クリーム
を塗ったとしても、革靴をダークブラウンに替えること
は不可能です。
多少しわの間にクリームが残り、うっすらと茶色っぽく
なる程度です。
それくらい乳化性の靴クリームは色が付かないという
ことなのです。
あくまでカラーの乳化性靴クリームの役割は“色替え”や“着色”ではなく“補色”で
あります。
補色とはキズが付いたところに対して、クリームに含まれている染料がなじんで
色を補い目立たなくするという意味です。
白い紙の上にクリームを伸ばしてみて下さい。
クリームの色はビンから見える色よりかなり薄いことがはっきりとわかります。
これらのことから、冒頭の「ぴったり合っていないからクリームは
ございません。」という接客のナンセンスがご理解頂けると思います。

したがって、冒頭のお客様への接客は「クリームの色は靴とぴったり合って
いませんが、少し薄めの同系色のクリームをご使用いただければ補色も
できます。」が理想的な回答です。

M.モゥブレィの工場は欧州の伝統的な製法とノウハウで、熟練の職人に
よって丁寧にクリームが製造されています。
日本そばで言えば“手打ち”で、いわば“職人による手作り靴クリーム”に
例えられます。
クリームの色に関しては、配合基準はあるものの基本は手作業ですので、
製造ロットによって微妙に色が異なることがまれにあります。
・・・でもある意味でこれがハンドメイドの証しです。
工場の担当者に色の違いのことを言っても、
「乳化性はこの程度の色の違いはほとんど差がでないから・・・試してごらん。」
とたしなめられてしまいます(笑)。

実はイギリスやフランスのメーカーでも過去に同じことを言われた
経験があるのですが、我々もプロなのでそんなことは百も承知です。
それでも日本人である私達は見た目が重要に感じてしまうため、ヨーロッパの
人々にとってみれば“ばかげた質問”を世界各国で繰り返してしまうのです。
簡単に言えば国民性と靴文化の違いということになりますが、欧州では色の
ちょっとした違いがあったとしても、実用性が満たされていれば良いということ
なのでしょう。

このように皮革のことを良く理解して、“補色”の意味がわかっていれば微妙な
色の違いは、それほど大きな問題ではないということがお分かりいただけると
思います。
そして革靴は気をつけて歩いていても若干のキズなどが入ってしまうため、
お肌を整えて美しく見せるファンデーション的な存在のカラーの乳化性
靴クリームは必要不可欠です。

革靴の大切なメイクアップ道具であるカラーの靴クリームを上手に使いこなす
ことが、皆様の大切な靴を美しく長持ちさせる秘訣なのです。

 

カラーの靴クリームのお話に関連する記事