第3話 「革靴を洗う」

「革靴に水は大敵」これは嘘である。
と言うといささかオーバーですが、実際のところ革には一定量の水分が必要。
怖いのは、むしろ乾燥の方です。
雨に濡れた靴だって、それなりの手入れをすれば大丈夫なのである。

さて、革を洗う話の本題です。
「レザー&サドルソープ」という皮革用石鹸。
聞いたことありますか。これが革靴洗いの秘密兵器です。
もちろん、普通の石鹸とはワケが違う。”ワケあり商品”だが使い方は実に簡単だ。
スポンジに水を含ませサドルソープを泡立て革の表面を軽くこする。
すると一面に小さい泡が立つ。それを布でぬぐい取り乾いたら空拭きするだけでOKというもの。
洗ったあとに薄くソープを伸ばしておくとなお具合がいいようです。 
このソープ、革の毛穴に入り込んだアカを落とすと同時に栄養分を与えツヤ出しまでやってのけるのです。
女性のお化粧で言えばクレンジングクリームでメイク落としをして一旦素顔に戻し栄養クリームを塗り込むようなものです。

私とサドルソープの出会いはかねて英国から取り寄せてあったサンプルの一つだった。
当時も”水”を使う手入れ用品なんてとんでもないとしまい込んでいたのを試してみたのが扱うきっかけになった。
その頃ヌメ革のカジュアルシューズを仕事ばきに一足はいていた。
幸いにも(?)手入れを怠り表面は白くカサカサで汚れている。
それじゃ、と試してみたらなんと見違えるように靴が生き返ったではありませんか。
この時からサドルソープのとりこになった。
うれしくて、面白くて会う人にすすめてきた。
ご推測の通りこの商品はもともと馬の鞍(サドル)を洗うために開発されたもので靴以外にも用途は広い。
ある夏その威力を披露するチャンスが回ってきた。

某百貨店のS部長が電話で言う。
「お得意様の彫刻家の家のソファが汚れて困っている。
あの石けんを思い出したので是非・・・・・・。」
訪問する途中、私は次第に不安になってきた。
何しろ革のソファである。
家に着いてから私はバケツに水をもらい、早速スポンジに水を含ませソープをつけた。
S部長の心配顔を背中で感じながら、私は汗だくでした。
20分ほどやっただろうか。
一人掛けソファのアイボリーの色が鮮やかに蘇る。
「オーッ!」「アラ、マァ・・・・・」と感嘆の声が飛び交う。
S部長、突然雄弁になる。「どうですか、奥さん。・・・・」鬼の首でも取った勢いでしたね。
すると奥さん曰く「こんな素晴らしいものがあるのにどうして店では売ってないのですか。
私たちのように困っている人はいっぱいいると思いますよ。」
これにはギャフン。まったく、そう言われても仕方がなかった。

サドルソープの売れ行きについては明暗がハッキリしている。
顧客づくりに熱心な店は良く売る。
反対に説明販売のない店はダメである。
手入れ用品は、専門店が、らしさを十二分に発揮する絶好の武器なのです。

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